我が家の愛犬が今日、旅立ちました…

このブログでも何度か登場した愛犬「アルト」ですが、今日10歳と10ヶ月で虹の橋を渡ってしまいました。

アルトとの出会い

出会ったのは、今は無くなってしまいましたが千葉県・茂原市にあった「レイクウッズガーデンひめはるの里」という、医療・介護の(株)ニチイ学館という会社が運営していた施設でした(今春に新しい犬と楽しめる施設にリニューアルするらしいです)。

「賢くて人懐っこく、アレルギーフレンドリーな犬種」が特徴のオーストラリアン・ラブラドゥードル(通称:AL)を日本で唯一繁殖させていたのが「ひめはるの里」で、そのふさふさの犬種を私はさらに数年前に何かの雑誌で見かけていて、犬を飼うならALを見てから。と決めていたのでした。

たまたま、茂原の方に妻と出かける用事があったので、せっかくなら、ひめはるの里を見ていこう。と立ち寄ったのが運命なのか、その日にいたのが「ブレイビー」と名付けられた生後4ヶ月のキャラメルアブストラクト色(茶色&胸元が白)の男の子。

とても人懐っこくて可愛かったため、妻と即決。

当然、犬をその場で買う予定はなかったため、妻の膝の上に抱き抱えて車で移動し、途中のペットショプでケージ等飼育道具一式を購入。

帰ってくる道中で、名前を「アルヴァ・アアルト」からとった「アルト」に命名。

犬は新居でしばらく慣れさせることが必要。なんて諸々の本に書いてありましたが、アルトは初日からすぐに馴染んでいたように思います。

西日本大旅行

すっかり我が家の住人になったアルト。ペットのドッグランに行ったりイベントに行ったりと、すっかり犬まみれの生活に変化してきました。

アルトはクレートでの車移動も全く動じないという特技(?)を持っていたこともあり、翌年5月のGWにはアルトを連れて瀬戸内を巡るロングドライブへ行くことに。

まず向かったのは高松。高松では高松城を見たり、ちょっとおしゃれなペットOKの宿に泊まったり。

続いて、愛媛の松山に住んでいた伯母に会いに行き、続いて「しまなみ海道」を渡って尾道へ。

さらに翌日は雨の倉敷を堪能。

さらにフェリーに乗って直島に行ったり、神戸の街も散策する大旅行を楽しんできました。

長男との出会い

そして迎えた2019年。我が家に長男が誕生。

生まれて1週間ほどで家に来たのですが、そのときに家で待っていたアルトは初めて見る新生児に、本当にアゴががくがく震えるほどの驚きっぷり(笑)

その他

他にも、草津と軽井沢に行ったり、油壺マリンパークに行ったり、登山に行ったり。さらに、祖母の家は専用ドッグランになっていました。

もちろん、ひめはるの里にも何度か里帰りで遊びに行きましたが、何年経ってもふるさとは覚えているようで、楽しそうにしていた姿が目に焼き付いています。

▲ 分かりにくいですが、草津の「湯もみと踊りショー」

最近の様子

様子がおかしくなってきたのは、今思えば昨年末ごろから。

徐々におならの回数が増え、1月後半からは泥のような便をするように。。。

もちろん、かかりつけの病院には都度相談に行き、ほぼ毎週末通院していました。

最初は、持病を抑えるためのプレドニゾロン(ステロイド)のほかに、整腸剤や抗菌剤を与えるも効果なし。最後の方はプレドニゾロンを1日3錠と、免疫抑制剤であるアトピカ1錠を飲んでいました。

何回か便の状態が上向きになることはあったものの、状態はどんどん悪化。

次第に食も細くなり、先週にはロイヤルカナンの消化器サポートという消化の良いウェットタイプのフードを与えることに。

とはいえ、2日間は食べたものの、もともとこのフードはあまり好きではなかった(小さい時にも食べたことがある)こともあり食べなくなってしまいます。

仕方ないので、お肉を焼いたり茹でたりして与えていましたが、先週の水曜日にはついにそれらも食べなくなってしまいます。

水曜日・木曜日と最低限のご飯と薬を飲んで過ごしていましたが、金曜日になり、自分が食べていた食パンをねだるような雰囲気に。

試しに与えたところ、がつがつと食パンを食べ、ついでにお肉も食べます。さらに翌日は焼き鳥(もちろんタレを洗い落としたもの)を2本食べて、ここから復活か!?と思ったものの、日曜日の朝は食欲がありません。

週一の病院に連れて行き、体重や血液検査をしたところ、ついに入院を勧められました。

その時はまだ、回復が期待できるというような説明でしたが、月曜日に妻がお見舞いに行ったところかなり弱っているという状態に悪化。

火曜朝は、時間を作って家族全員でお見舞いへ。アルトは点滴をされて横たわっていて、目を開けて少し頭を動かすのが精一杯。

なんとか週末に退院して、自宅で終末ケアをしつつ、桜を最後に見に行かせられたら。なんて思っていたのですが、その日の昼には病院から「呼吸が苦しくなっているので迎えにきてほしい」という連絡が。

私も妻も急いで仕事を切り上げて病院に向かいますが、結局家族の誰も看取ることはできずに旅立ってしまいました。

10年間、ちょっと短い間でしたが、我が家に来てくれてありがとう。

 

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